おひとりさま おひとりさま 言うてますけども

正しい『おひとりさま』の解釈は?

どんな解釈してますか?

ひとりで旅館や飲食店に行こうとする
パートナーのいない寂しい女性
(まぁ ここに誰も声を大にしては申さない
~いい歳して~って付きそうだけど苦笑)

一般的にそんな語として定着している。

でも待ってちょうだい!
そもそも違うんですってーーー!

自分が『おひとりさま』って自身を表現する時
対世間に向けて、自虐しつつも少し優越性を持たせるワードとして使ってるはず。
意識的にせよ無意識にせよね。

人ってやっぱり少しでも自分を良く見せたい。
少しでも優位性を保っていたいという思いがある。
ただこれを、あらかさまにやっちゃうとマズイ事になる。

日本では一瞬で嫌われる行為の一つね。コワイっ!

だからまず一旦 自分の劣等感を自虐で卑下しておいて
プライドを保つ為の補足なりワードを使ってバランスを取っている事が多い。

自分の身の丈を知っていて
本当の意味で今の自分に満足していて
勘違いではない自信があり
なおかつ向上心のある人
(これなっかなかな人物だわ!)

じゃない限り多かれ少なかれ自虐+プライドのセットアピールをやってる。

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ここで本来の『おひとりさま』という言葉をキーワードにして
誰が何を広めようとしたのか調べてみました。

ジャーナリストの故岩下久美子さんが
「個が確立できた大人の女性」
「仕事も恋もサクセスする為の身につけるべき生き方の哲学」
「individual(個々の、個人のという意)」
「自他共生していく為のひとつの知恵」
と定義してまずは『おひとりさま』という著書で広めたのが始まり。

かっこいいじゃないのっ!
おひとりさま!

この定義をうすらぼんやりでも感じているから
我等おひとりさま族は『おひとりさま』と声高らかに自らを称している。

ほんとすいませんね
いい歳して独りもんですわ
と卑下しながらも
群れずとも依存することなく生きているわたしを
『おひとりさま』の一言で表現している。

ただ、岩下さんが意図していた『おひとりさま』は
決してパートナーがいないという枠組みじゃなく
誰といようといまいと確率した一個人でいられる事。

孤高とも違う 孤立でもない
個をしっかり持ちながら自他共に共生できる大人のたしなみ。

それが『おひとりさま』の正しい解釈のようです。

真正おひとりさまに憧れるネオおひとりさま

やっぱり全然違うな。

本物のカッコいいおひとりさまじゃないな。わたし。

特に『自他共に共生できる』ってとこ!

人と共生できるってすごい事だと思う。

共生できないんだよな。
人と長く居すぎると苦しくなっちゃう。

一人になるとホッとする。

でも、一人は寂しいものだという認識はある。

そして一人で可哀想と思われる事もやっぱり気になる。

これが真正ではなくネオ『おひとりさまちまめ』の現実。

人と共生できるように自身を矯正するか?どうやってーー??

それとも孤高に生きるか?

これ毎日のわたしの現在のテーマ。

きっといつまでも答えは出ないんだろうな。

先延ばし人生の直観と本能人間…

そしてまた、カメラを鎧と武器にして撮影スポットを探し

一人彷徨う『おひとりさまちまめ』です。


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