おひとりさまのワンオペ育児は成仏しやすい

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的確すぎてココロざわつく

《泣きながらワンオペ育児してきた自分が成仏してくれない》

少し前にSNSでだいぶ拡散された言葉。

上手に言葉を操る人がいる。

一人で孤軍奮闘している・してきた母達の思いを的確に重くなく表現している。

封じ込めて見て見ぬふりをする事で

何とか現状維持してきたココロを軽くかき乱された母達もいるかもしれない。

この言葉で

『そうそう!まさしくそれなっ!』

って同じ境遇の母達とオンラインで共有して

『ほんと、この一言に尽きるんですけど!』

ってわずかでも胸のすく思いがあったなら

ネタ元の方は冥利につきるなー。

トレンドに入っていたから成仏できない思いが

今日本にたくさん渦巻いてるって事だよね。

できれば、母達にワンオペ育児させるような状況を作った人たち全員に

この言葉 届いてもらいたい。

ただ人って自分に関係ない事だと全く興味の対象にならないからなーー。

ワンオペ育児の環境の周囲にいたとしてもなんの自覚もない人には

まず届かないんだろうな。

当事者であるはずの父という立場の人でさえも。

はがゆすぎる。

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なんで成仏してくれないのか?

おひとりさまの私がこの言葉で第三者の立場で思ったのが↑みたいな事。

個人的には

ぁ…わたし成仏してるわ。

だった。

わたしがワンオペ育児だったという感覚があるのは

なぜか17年の結婚生活の間であって

離婚をして本当のワンオペになってからはその感覚がない。

それは許さなきゃならない相手がいるかいないか。

そして自分を許せるか許せないか?

の差なんじゃないかと思う。

弱冠20歳で結婚して

まもなく長女が生まれて

舅と同居で自営業。

家の事を全部取り回していた亡くなった姑の代わりを

一手に引き受けるのが当然だった結婚生活。

もちろん育児もワンオペだった。

とうてい成仏なんて無理なわたしがいた。

17年間ワンオペしながら

どうにも成仏してくれないわたしが苦しかったのも

今思えば離婚の一つの理由かもしれない。

ちなみに『成仏』とは。

調べてみたら

≪悟りを開き仏になること。

または、単に死ぬことを意味する。≫

引用元:葬儀辞典

…少し大袈裟だな汗

悟りを開き仏になるって…まぁ無理だから苦笑

も少しゆるくね。

出来事や過去や人…自分を取り巻く環境の中で

許せなかったり傷ついたり、憎しみだったり罪悪感だったりの

ネガティヴな事を許し、忘れて手放せた時に楽になるんじゃないかと思う。

わたしは離婚をして手放せた。

後付けだけど。

誰かに『させられてる』と自分が『している』とは全然違う。

『させられてる・させられた』の思いがある限り成仏は難しい。

そして、その『させられている事』が

重要で投げ出せない事情があればあるほど。

だったら おひとりさまで頑張るわ

何かを一人でするにしても立場や意識が違うだけで

その何かをやるにあたってのモチベーションは正反対。

例えば

社長は会社での仕事は『自分主導』

自分に決定権があって裁量権もある。

かたや社員は、追従する立場だから事と環境によっては

『やらされてる』としか感じなくなって

更には『やらせている』社長に対して不満が募る。

ただ会社の場合、目に見える対価(報酬・昇進)があるからね。

その対価がモチベーションになるし

いざとなったら辞める事だってできる。

だけど育児は、そう簡単には投げ出せない。

ましてや世間一般には恐ろしい『母親神話』なんて言うのがあって

母親なんだから育児ができて当たり前!

母親なんだから子供が可愛くて当たり前!

大変でも辛くても母親なんだからやって当たり前!

愛情があればどんなに自分を犠牲にしようと耐えて当たり前!

子供が生まれたその瞬間から母親業を完璧にこなす事を要求されて

母親本人もなぜか完璧を自分に課す。

冷静に考えて?

新入社員に入社式翌日から

お仕事全部完璧にやってね!

その仕事 人の命かかってるからね!

お願いね!じゃ後よろしく!

あ! それから、あなたのやり方じゃなくて

我が社の方針に従ってそこから外れないようにね!

そこ一番重要だから!!

って事だよね?

出来るかっ!!ってんですよ!

でも、それがまだ日本における育児事情の現実。

だったら自分のやり方でやれる個人事業主になりますわ。

母の形も時代と共に変えなきゃ家族は成り立たない

確かに良妻賢母は美しい。

わたしもそう思う。

そうありたいと思う。

古き良き時代の家族を支え続けた強き母

素晴らしいと思う。心からね。

でも、それってやっぱり神話なんだよね。

日本人が大好きな自己犠牲の上に成り立つ美談。

暮らし方のニーズが変わって核家族を敢えて選ぶ時代だし

個々人のプライベートを大切にする時代

そして物が溢れかえって時間に追われる今にわたし達は生きている。

昔の母は現代では生きていけない。

昔々の暮らし方に生きていた母親像を当てはめてすがってるだけ。

なぜかというと愛という名のもとに

無償で全てを引き受けてくれる人がいたら都合がよくない?

現代では、共働き当たり前

同時に家事に育児に介護まで

女だから母だからというだけで当たり前のように課せられる。

出来る人もいる。それをしている人も世の中にはたくさんいる。

出来る人はやればいい。自分が壊れないなら。

だけど出来ない人だってたくさんいる。

もう、お母さんなんだから。お母さんなのに。

っていう呪文やめようよ。

お母さんだって出来ないことは出来ない!

無理!

お母さんがお母さんでいられる事が一番大事なんであって

お母さんという美化された偶像が大事なんじゃない事に気づいて。

家族という存在が大切なら。

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